魔女と死神の聖レンタイン






 Honky Tonkは深刻な空気に包まれている。

 「ついに来たな、銀次…」

 「ついに来たね、蛮ちゃん…」

 裏新宿一の奪還屋はガタガタと震えていた。

 震えはカップからカップソーサー、カウンタまで揺らしている。

 波児も真剣な面持ちで煙草を灰皿に押し付ける。

 「…ついに来たか今年も」

  バレンタインデー。

 それはGB及びその他数名が、胃袋のデッド・オア・アライブを体験する日である。

 何故ならば、レディポイズンこと工藤卑弥呼が手作りチョコを配る日だから。卑弥呼の料理があのDrジャッカルをして「ダイヤモンド・ダスト以上でした」と言わしめる代物だからである。

 中でも、日頃の感謝を込めて丹精に作られるバレンタインチョコは、もはや神秘的とすらいえる逸品。比較的耐久力を持ち、ドブに落ちたあんぱんでも食べられる銀次ですらあたる。

 とうの本人たるレディポイズンの言によれば、

「チョコレート作りってバフュームの調合に似てるから、色々調合みたいに混ぜたくなるのよね☆」

 らしいが、そのありがた迷惑っぷりはもはや死人が出てもおかしくないレベルである。酷い言い方をすれば史上最強空回りである(ホントに酷いな…)


 「…今年こそは死人が出るかもしれないな」

 「少なくとも救急車は呼んだ方が良いかもな」

 「そんな大げさな…」

 「そーですよー」



 蛮と波児のやりとりを、花月と夏実が止める。蛮がギロリと睨む。

 「…超絶味覚オンチのウェイトレスはともかく、なぁんで糸巻きまでそんな平然としていやがる」

 ずっずいっと顔を花月に近づける。

 「さてはてめぇ。卑弥呼のチョコ、部下に食わせてるやがるんじゃねぇか!?」

 「まさか、そんな事は…」

 はんなり笑いながら言葉を濁す戦慄の貴公子。「この卑怯プリンス!!」と蛮が胸倉を掴もうとした時。




 「蛮、天野、居るー?」




 カランカラン。ベルを鳴らしてレディポイズンが来店した。





数刻後。

 典型的に不味いと文句をたらしながら最後まで食べきる、闇末の始ちゃんタイプの蛮は、ごとりとカウンタの上にミイラになって干からびている。

 「女の子の貰い物を粗末にするなんて、たとえ、どんなものでも、バチがあたるのです!!」主義の銀次は瀕死の魚のようにピチピチと時折床を叩いている。



 「蛮ちゃん。蛮ちゃぁぁぁぁん!もう俺胃の袋破れちゃうカモ、です…!!」

 「ぐっ、うおぉぉっぉっっ。胃に有量円月と無量新月を同時に打ち込まれるより、く、る…!!」

 波児はのたうち回る2人を眺めながら、お腹をさする。かろうじて大人の経験値で激痛を押さえ込むもチラリとレナに視線を向けて、「なんでこのマンガはこういう危険物をつくる女の子キャラが多いのだろなぁ…」と内心考え込む。



 蛮は死んだ魚の目で卑弥呼がたった今立ち去ったドアも見つめ、よろよろと立ち上がる。

 「…銀次。卑弥呼の後、追うぞ」

 「えっ?何で??」

 「良いか銀次。今日はバレンタイン。礼儀で義理チョコ、その倍の値段、倍の大きさで好きな奴に本命チョコ。卑弥呼が今つきあっている人間は?それは大変大変間違った現実であるが、あのバネバネ野郎だ。つまりあのクソバネバネ君は本日ありがたぁくもレディポイズンから心の篭った本命チョコを頂戴するはずだ。――見たくないか。銀次。あのDrジャッカルが胃袋を抱えてのたうちまわるところを…!」

 「そんな悪趣味ですよ。覗き見なんて…」

 「うるせぇ!この趣味盗聴が何ほざくか!てめえは巣に帰って、そのシリカゲルより有害なブツをさっさと部下に食わせて来やがれ!!」

 「でも蛮ちゃん、やっぱ覗き見は悪いような…」

 「よっく考えろ銀次。赤屍が卑弥呼からチョコを貰うときに取る行動を。1、ちゃんと貰って食べる。2、無下に断る。3、貰っといてこっそり後で捨てる。だ。どうだ後半の二つ、実に許せないと思わないか?」

 「…!そうだね蛮ちゃん!2とか3とか。なんだか冷酷非情で人でなしな赤屍さんが取りそうな行動だよね!せっかくあんな可愛い子から貰ったのにそんなの許せない!!」

 「だろ?だから俺達がついていって、あの変態医者にしっかりチョコレートを食べさせてやらなきゃな!!」

 得意の鼻コンセントで復活し、肌をツヤツヤさせながら元気良く憤慨する銀次と、「あいつにも絶対同じ目に合わせてやる!!」と仄暗い情熱で目をギラつかせた蛮は、外へ飛び出していったのであった。




■     □      ■


『5時に新宿公園へ』

 卑弥呼から呼び出された赤屍は、ひょこひょこと無防備な子羊よろしくやって来た。

 「こんばんわ。わざわざお呼び出しとは私に何か御用で?」

 「うん、ちょっとアンタに渡したい物があってね」

 「渡したい物?」



 赤屍はピンと閃いた。今日は何日だったか。はっきりと覚えていないが確か2月の第3週の火曜ではなかったか。2月の始めの曜日から計算するとその日にちは、お菓子業界に乗せられた世間がピンクのハートをあちこちに飛ばして浮かれまくる日だったハズだ。

 どうりで行き着けのレストランや惣菜屋でハート型の料理が出されるはずだと得心すると同時に、ギクリと肩が強張る。

 そういえば数日前から卑弥呼はやたら甘ったるい香りを纏っていた。また新しい香水を調合したのかと思っていたが、あれは茶色くて甘い物体を作っていたのだろう。

 赤屍はこれからの自分が追いやられる立場に思いあたる。

 …少し首筋が寒くなってきた。

 「それとね、アンタに言わなければならない事があってね…」

 「言わなければならない事?」

 再びオウム返しコマンドを発動させて、赤屍の頭は高速回転する。




 さて言いたいこととは何だろうか?

 卑弥呼の様子を観察するに、目を泳がせ、もじもじしている。まるで言い難いことを言いだそうとしているようだ。これはイベントの性格と合わせて考えるに、普通は愛の告白タイムと考えれば良いような気もするが――

 卑弥呼の性格上それは無いような気もする。だとすると、、もしかすると

 『ごめん赤屍、ちょっと失敗しちゃったんだけど、――チョコ食べてくれる?』

 いつもの赤屍なら持ち前の無遠慮さで即効断る。それで怒った卑弥呼が火炎香を持ち出しても万々歳。喜んでバトルシップモードに入る。しかし赤屍は少し前にブロンドの仲介屋にデリカシーの無さを五時間に渡って説教されたばかりであった。

 どうしたものか。一番最初に何も知らずに卑弥呼の料理を口にした時は、誰かに思いっきり似た黒髪の子供と旧友の子供、セピア色の彼らが手を振っている映像が一瞬見えたものだが…

 今度はどうだろうか。最小被害を見積もってもなんとかダストのように、どこかの血管が裂けるくらいはありそうだが…ということはもしかして、自分の血と混ざるので、自分の武器として装備出来るという…流石にそれは如何なものか、殺傷能力は申し分に無いが…しかし我ながらこれ以上、物理法則を無視していいものか・・・。




 赤屍が希少のなかの希少現象の、逃避のクロスロードを迷走している最中に卑弥呼が話しを切り出す。

 「あの…あのね。実はこの間アンタの家のトイレ借りてリビング戻るときに、あたし見ちゃったの」

 「…何をです?」

 どうやら危惧していた内容とは違うようだ。胸をなでおろしながらDrはクロスロードから帰還する。対して卑弥呼は恐る恐る赤屍の顔色を伺う。

 「…あの部屋」

 赤屍の表情が、その言葉で一気に険しくなる。

 「そうですか。見てしまったのですね…」



 ――あのベアコレクションルームを。



 「ごめん!扉がちょっと開いててつい!!」

 卑弥呼は頭を下げる。

 赤屍があれほど念を押したのだ。よほど見られたくなかったものに違いない。あの風景を見た当初は、正直ドン引きものだったが、誰にだって隠しておきたいものがあっていいはずだ。やはり自分がしたことは約束破りに他ならない。

 さてあの赤屍蔵人の約束を破った代償は、首か心臓か――。

 





 「まぁ、良いですよ。見てしまったものは」

 仕方ありませんし。

 予想外にあっけらかーんと答えた赤屍に、気分はすでにゴルゴダの丘行きだった卑弥呼が激しく拍子抜けする。

 「えっ、えっ?良いの??」

 「はぁ。元々私は見られてもかまわないと思っていたので。ただMrノーブレーキを家に招いてあれを見せた時に、あれは他人に見せない方が良い。絶対見せるな!と彼に血相を変えていわれまして。忠告に従って人に見せないようにしてただけでして。実は私自身、何故他人に見せてはいけないのかわからないのですよ。何ででしょうかねぇ?盗難とかそういう心配ですかねぇ」

 赤屍が首をかしげる謎を卑弥呼は一瞬で解いた。

 ――それは多分、その光景を見た人間の精神的ショックを見越した馬車さんらしい気遣いだろう。




 「お話とはそのことだったのですか。私はてっきりチョコレート作りに失敗したのかと…」

 「えっ、どうしてわかったの!?」

 今度は赤屍がドン引きする。

 「そのね、謝罪の印としてクマのチョコ作ろうと思ったんだけど、なかなか上手く作れなくて、持っている薬草とか練りこんでみたりしたんだけど」

 練りこまなくていい。そんなもの(切実)



 「だから、ごめん!アンタの市販ので間に合わちゃった!!」

 

 申し訳そうに市販チョコを差し出して謝る卑弥呼に、安堵で肺中の空気を吐き出す。思わず「謝罪なんて。いっそこちらが礼を述べたいくらいですよ」と口走りそうになるのを止めながら受け取る。

 

 「あと、あとね。アンタに聞きたいことが…」

 卑弥呼が必死の思いで最後の課題を消化しようとした時。

 



 「「ちょっと待ったぁぁぁぁーーーーーー!!」」



 昔懐かしの「ねる○ん」の決め台詞で出てきたのは、茂みに隠れていたGB二人。


 「蛮!銀次!?何で??」

 「てめぇ、俺達には手作りで、本命には市販ってどういうこった!?」

 「だから今言ったとおりよ。手作りは上手くいかなかったから…つまりあんた達にあげたのは失敗作☆」

 「なぁぁにが『失敗作☆』だ。このキモ女!!てめぇのキャラをどういじったら、そんなセリフがでてきやがる!!」

 蛮が沸点超えの怒りのボルテージを際限なく上げているとき、タレていた銀次が閃いた。

 「あ〜!あれってクマだったんだねぇ。てっきり五体不満足のゴリラかと思った!」

 ベコリ。

 卑弥呼のかかと落としで、タレ銀は潰れる。

 「何よいつだって赤貧民族には、ありがたい食料でしょう!!」

 「あれの何処が食料だ!?ありゃあ正真正銘のポイズンクッキングだ。ありゃあマ○ジンのもんじゃねぇ!ジャ○プのもんだ。ジャ○プ!!このさい集○社に移籍しちまえ。このポイズンマニア!!」

 「嫌よ私兄貴は良いけど。姉貴はいらないのーー!って何!なんでせっかくチョコあげたのにこんな事言われなきゃいけない訳ーーー!?」




 ぎゃんぎゃんと仲良くやっている蛮と卑弥呼を放っておいて、赤屍は「きゅーきゅー」と頭を抑えて啼いている銀次の傍にしゃがむ。

 「銀次クンも、卑弥呼さんの手作りチョコを食べられたのですか?」

 「そうなのですー。」

 「それはそれは、ごしゅうし………。いえ、うらやま…………。…結構なご経験で」

 『ご愁傷様です』と言いかけて止めたのは、卑弥呼本人が近くに居るのを思い出したからで。『羨ましいですね』と形だけでも言おうとして止めたのは、その発言が近くに居る卑弥呼の耳に入ったら形だけですまなくなる可能性に思い至ったからである。

 


 「もう知らない!人がせっかくあげたチョコにケチをつけるなんて男らしくないわよ!!赤屍、食事行こ!!!」

 卑弥呼は赤屍をつかんでずんずんと歩いていく。後ろでは「失敗作を人に押し付けておいて、デカイ顔すんじゃねぇぇ!!」と至極まっとうな言葉が大きな声で吼えられていた。


 そして。

 この後、卑弥呼が決死の思いで「聞きたい事」――赤屍の死体愛好及びカニバリズムの嗜好の有無――を本人に尋ねたのは、GBの知らない話。

 来年も手作りじゃなければ良いんですがと、密かに死神が願ったのは、彼以外知らない話である。








End










見事に、ゼロLoveで終わりました(画像負け)

ビクビクかぽーです。お互いピクピク力の均衡はばっちし☆(そうか?)

そして、もしかしなくてもスミスの影ちらちら(打ち首)

見方によっては蛮卑か?

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